女だけど坊主にしました〜13年悩み続けた抜毛症が治るまでの話〜 第100話
- 2026.05.13
- 女だけど坊主にしました
- エッセイマンガ, 抜毛症
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本編




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あとがき
ついに抜毛症(ばつもうしょう)の漫画も100話目に到達しました!
わー!すごい!嬉しい!
いつも読んでいただきありがとうございます♪
描き始めてからいつの間にか1年半経ってるし!
でもこれでまだ内容的には半分という(笑)
描き始めてからも思い返せば色々ありました。
特に幼少期のトラウマを描くときが本当に辛くて辛くて。
話を描く上で再構成しなきゃいけないのに、「辛い」という感情が自分の心の中で95%を占めてしまい、机に向かうと泣き出してしまい 全然 描けなくなってしまった時期もありました。
そういう時は当時 通っていた心療内科にいた心理士さんの所へカウンセリングをしてもらいました。幼少期や学生時代のトラウマをひと通り話し、整理をしてもらう。
でも大体 着地するところは決まっていて最後にもらうのは「じゃあ今日した話をお父さんやお兄さんにできる?」という心理士さんからの言葉でした。
『…そんなこと、できません!!!』とはじめのうちは号泣していましたが、月日が経つうちにその言葉がじわじわと自分の心のうちに沁みていきました。ああ、これをしないと次のフェーズには行けないんだな、と。
カウンセリングから数ヶ月後。
家族の問題で兄に電話をする機会があり、ふとあの心理士さんの言葉がよぎりました。
言うなら今かもしれない。その電話で、幼少期から学生時代まで兄妹なのにまともに会話ができなかったこと。寂しかったことを伝えました。いつの間にか涙でぐしゃぐしゃだったけど、兄は私の話を受け止めてくれました。その後、一度 会って話もして 現在に至ります。兄弟になって30年以上経ちますが、初めて対話ができた気がします。
一方、父には相変わらず何も言えませんでした。
しかし、父が大病をしたことをきっかけに自分から歩み寄るようになった気がします。
ある日、父に電話をかけた際。「抜毛症の漫画を読んでるよ」と言われました。え、読んでるの?と内心 とても驚き、同時に心臓がバクバクと早鐘を鳴らしていました。
「仕事が忙しくて、小さい時はかまってあげられなくてごめんね」
ずっと聞きたかった言葉が31歳にして突然 もらえたのです。
父に話しかけれらたくて、父の部屋の掃除や片付けをしたり。
父に褒められたくて、父の革靴をピカピカに磨いたり。
会話が「おはよう」「おやすみ」「おかえり」「ただいま」しかない日が何日も続くことに傷ついていたり。
そんな幼少期からの日々がようやく報われました。
「ちゃんと言葉にしてくれてありがとう」と伝え、その日の電話は終えました。
* * *
この漫画を描き始めたことで、自分のトラウマに向き合い、結果的に以前より家族との関わりが増えた気がします。
抜毛症に悩む誰かのために描きはじめたら、いつまにか自分のために描いていたんだなと思いました。まずは自分が幸せにならないと、誰かのことを幸せにできないんだ。なんてね。
ちなみに母にも電話で伝えましたが、一度かなり険悪な雰囲気になり現在に至ります。
まあ徐々に、また関係を良好なものにしたいとは願っていますが、時と運に身を委ねます笑
* * *
抜毛症の漫画は「抜毛症 悪化編」「治療編」「ウイッグ編」の三部構成で描く予定です。
今は中編の治療編ですね。
日々 いただく感謝のDMやコメントに本当に励まされます。
また、漫画を書き進めるほどに 辛い時も支えてくれたRや友人のことを思い出し、本当にひとりでは乗り越えられなかったと振り返ります。本当にありがたいです。
このペースだと200話を超えそうですが、またよろしければ読んでいただけたら嬉しいです。
抜毛症に悩む方やそのご家族のもとへ、この漫画が届きますように。
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